「平場の月」 朝倉かすみ著
映画化
堺雅人:青砥健将、井川遥:須藤葉子
監督:土井裕泰(花束みたいな恋をした、罪の声、いま会いに行きます、など)
脚本:向井康介(リンダリンダリンダ、ある男、愚か者の身分、など)
青砥と須藤は中学生時代の同級生。ひょんなことから50才で再会します。
ふたりとも結婚と離婚を経験して、今は健康診断で精密検査にひっかかる50才です。
「俺は胃の内視鏡検査で腫瘍が見つかってさ。」「私は検便で潜血が見つかって、これから大腸の精密検査するんだ。」
そういう齢だよね〜と友情が芽生え、やがて恋愛に発展するも、彼女は癌で命を落とします。
恋愛と病気と彼女の死。
悲恋ドラマの鉄板パターンの1つではありますが、50才という年齢の深みがとてもイイ。若者の恋愛とは違う味わいがあります。
印象的だったセリフを2つ。
①2人が再会したときに須藤が青砥に言うセリフ。
「景気づけ合いっこしない?『やーやーどーもどーも』と寄り合って、
『イヤ、しかしなんだねぇ』と無駄話をする会を結成したいのだけれども」
②二人のかつての同級生が、二人が恋人になっていると知って言うセリフ。
「そばに付いていてくれる人がいるのといないのとじゃ、全然ちがうからさ」
50代って、子がいるにしても独立済みか独立間際で、親を気にかけてくれるほどの年齢ではありません(子は20〜30代)。
親は既に亡くなっているか、存命でも認知症を持っていたり介護が必要なケースも多く、頼れる先ではなく面倒をみる相手になっています(親は70代以上)。
そして50代の自分自身も体にガタがきて、自分の死も身近に感じられるようになってきます。そう考えてみると、けっこう過酷な世代です。
その世代の恋愛は、切なさも愛しさも厚みがスゴイ。
ところで、この本のおかげで、私は新たな本の愉しみ方を発見しました。
最初はこの作品の映画の予告編を見て、「堺雅人に土井裕泰!これはゼッタイ観なくっちゃ」と思っていたんです。
でもたまたま、映画館より先に本屋に行く機会があって、本屋で原作を見つけて、映画より先に原作を読むことになりました。
これまで、映画を見た後に原作に手を出したことは何度もありますし、好きな小説が映画化されたから見に行った事も多いです。
でも映画の予告編を見て、なんなら公式HPで予告編も特報動画も一通り見て、その後で映画本編は見ずに、原作を読んだのは初めてでした。
そしたら読書中に脳内に浮かび上がる映像の鮮やかなこと!堺雅人と井川遥のちょっとした眉の動き、声にならなかった唇の動き、凛とした背筋、相手に心を開いた瞬間の破顔などが、生き生きと浮かび上がります。文中の二人の会話は、堺雅人と井川遥の声色でしっかり聞こえます。
小説は読者の想像力を刺激するので、どんな小説であれ想像の世界は広がりますし、それで十分面白いと思っていたのですが、今回の世界の鮮明さは今までとは桁違いでした。
自分でゼロから立ち上げた世界と、プロが作った世界をちょっと見せてもらって(=つまり予告編を見て)から立ち上げる世界では、解像度が全然違う!!!
こんなに面白い読み方があったとは!
予告編→本編ナシで→原作。オススメです。

