朝井リョウ作家生活15周年記念作品
『イン・ザ・メガチャーチ』 444ページ
物語の舞台は架空のアイドルのファンダムです。
ファンダムとは、特定の対象に情熱をそそぐファン達の文化のこと。たとえば「推し活」です。ファンダムをビジネスとして仕掛ける者、推す相手にすべてを注ぐ者、すべてを注いでいた先を失った者の視点から物語が展開していきます。もっとも印象的だったのはこの理論です。
『没頭するほど、視野は狭くなる』
趣味も仕事も、「没頭」という言葉にはポジティブなニュアンスがあり、「視野が狭い」にはネガティブなニュアンスがあります。「没頭=視野狭窄」という理論を他で聞いたことはありません。しかしこの物語を読んでいると納得できるんです。
たとえばあるアイドルのデビューシングルを1人で100枚も買うファンがいる一方、そんな事は考えもしないファンがいますが、前者はアイドルへの没頭度が高く、後者の視野はアイドルの外側にも及んでいます。同じアイドルが好きでも、没頭度の差は視野の差となり、視野が違うと判断基準も変わってくる。もちろん後者が圧倒的多数ですが、前者は少人数ながら熱量が高いため、全体に与える影響力も大きくなります。この物語はアイドルを例に挙げているものの、「没頭=視野狭窄」は政治でも仕事でも恋愛でも環境保護でもどんな分野でも起こり得るし、ぶっちゃけ没頭先は何でもいいのだーということも匂わせています。
没頭する理由は3つ提供されていました。1つには、何かに夢中になっているほうが人生は楽しいから。2つには、没頭した先で仲間ができるから。3つには、視野を広げるほど正解は分からないし身動きも取れなくなるから。1つめ2つめは歴史を通してそうであり、人間を人間たらしめてきた性質だと思います。しかし3つめは最近のものでしょう。選択肢が増えて、視野が広がるほど、正解は分からず動きにくくなります。例えば、割り箸は環境に悪い→でも廃材で作られた割り箸なら箸を洗うよりエコかも→割り箸がどのように作られたかが大事…。箸を使う度にそんな事を確認していたらいつまでも食べられません。もう1つ例えるならば、女性の社会進出を称える→国内の出産数が減って労働力と市場が縮小→出産育児を応援する風潮→世界規模では人口が増え続けて食糧危機なのだから人間は減ったほうが良いのでは…。割り箸という小さな話でも、人口という大きな話でも、視野はいくらでも広げられて、その度に正解が変わって、身動きが取れなくなります。この「拠り所のなさ」の揺り戻しが「軸がほしい=何かに没頭したい」に繋がるのでしょう。
ところで、この本を読んでいる最中、私は軽度ながら「没頭/視野狭窄」を体感しました。本が面白すぎて現実に集中できないという事は幸いありませんでしたが、体内時計が狂いました。睡眠時間が異常に短くなったのです。深夜2時や3時に目覚めて、全然眠くなくて、目覚めた瞬間からワクワクしてページをめくりたくてたまらない。やれやれ…朝井リョウにヤラれてんじゃんと嘆きつつ、こうなったら抗えません。「長期に及んだら苦しくなる、さっさと読んじゃおう」と一気に読みました。
読み切るのに3日かかりましたが、読了したとたん体内時計は正常に戻りました。私の中には、「仕事や家事があるんだから睡眠に支障をきたすのは困るわ」という不満と、「それほど夢中にさせてくれる物語に出会えた幸福感と感謝」が残りました。この幸福感と感謝がファンダムを形成するんだろうなぁ・・・。
朝井リョウの新作「イン・ザ・メガチャーチ」めっちゃ面白かったです!!!
