サクのサクッと小噺
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2021年9月Vol.103 サクッと小噺 2021年10月01日

※小噺は過去分を随時アップしております。内容に時差がある場合もありますが、是非ご覧ください。

※スタッフの名前はニックネームで記載しています。

美人の絵といえば誰を思い浮かべますか? ボッティチェリのヴィーナス。フェルメールの真珠の耳飾りの少女。ミレイのオフォーリア。ラファエロのラ・フォルナリーナ。清らかな少女、艶やかな美女、絵画には美しい女性がたくさんいますが、私は特に日本画が好きです。特に美人画の名手、鏑木清方が描く女性は最高です。彼の美人画を鑑賞しながら考えたこと・・・素人考えですが、私が感じたことを書きたいと思います。日本画の女性はなぜこんなに美しいのか? 中でも鏑木清方の女性はなぜピカイチなのか?


●3首の露出●
よくファッション雑誌や番組でも取り上げられていますが、3首(首・手首・足首)を露出すると垢抜けるそうです。
3首には曲線の色気が漂うし、ほっそりして女性らしいし、胸やお尻と違って直接的ではありません。3首の色気はあくまで自然体なので、時には相手を引かせてしまう「狙ってる感」は出ないのです。そして日本画の女性はたいてい着物を着ていて、着物はまさに3首露出! 3首以外は布に包まれて見えません。見えるのは3首だけなので肌露出の総面積は少ないですが、しかし、たとえばノースリーブとミニスカートの女性より、着物の女性に色気を感じる人は多いのではないでしょうか。
☞日本画の女性が色っぽい理由:着物(3首露出)だから。

●自然な立ち振る舞い●
浅学のためハッキリとは言えませんが、日本画は洋画に比べて「カメラ目線(絵なので画家目線?)」が少ないと思います。
モデルが画家を意識していない、画家に気づいてさえいない様子です。そのため、その絵を鑑賞する際は、「鑑賞者とモデルが対面する」というより、「鑑賞者がモデルを一方的に眺める」ようになります。絵の場面によっては「のぞき見している」気さえしてきます。
たとえば湯上りの女性が縁側で涼んでいる姿(浴衣を着ているため裸が見えるわけではないが、ほてった肌が色っぽい)。たとえば秋の夜長に本を読む女性が、外から入ってきた虫に気づいてじっと見つめる姿(彼女は虫に集中していて、自分が見られているなんて思いもよらない)。
たとえば突然のどしゃ降りに、あわてて窓を閉める女性(軽く眉をひそめて、走ってきたのか浴衣の裾がすこし乱れている)。こういった場面の鑑賞は、「のぞき見」しているようでドキドキします。
何がイケナイのかよく分からないけど、なんとなくイケナイ場面を見ている気がします。
☞日本画の女性が鑑賞者を興奮させる理由:自然かつ美しい所作を取っているから。

●髪の毛●
上記2点は日本画の美人に総じて当てはまりますが、鏑木清方の女性はひときわ美しいーと私が感じるのは、彼が描く女性の髪の毛ゆえです。量が多くて、柔らかくて、ふんわりして、艶がある髪です。特に生え際の色気は凄まじいものがあります(おでこと頭の境目、うなじと頭の境目)。生え際はぼかして描かれているだけに、ぼかしの中に永久なる美を感じて、凝視。静かな美術館で、私は思わず呟きます。「…エロい」と。
☞鏑木清方の女性が特に美しい理由:髪の毛。特に生え際が色っぽい!

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2021年8月Vol.102 サクッと小噺 2021年09月19日

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こんにちは、サクッと小噺のサクです。1才4ヶ月の息子がほぼ卒乳しました。一緒に入浴しているときなど、たま〜に思いついたように乳首にかぶり付いてきますが、もう「吸っている」というより 「噛んでいる」です。
なので卒乳と言ってよいでしょう。おつかれ、私のおっぱい。

 

両乳とも、今は静かに黙りこくっていて、話しかけても返事もしません(当たり前だ)。でも母乳育児中、とくに0才の1年間は、おっぱいにはたしかに人格がありました。

右乳と左乳で性格も違いました。
あまりにも人間味があるので、私は右胸を「うっぱいさん」、 左胸を「さっぱいさん」、

と呼んでいました。
たとえば、生まれたての赤ちゃんは2〜3時間おきにお腹を空かせて泣きます。昼も夜も関係なく 赤ちゃんに起こされるなんてまいったな・・・と思っていましたが、息子より先におっぱいに起こされることも多かったです。

息子が泣き出す前に、母乳が溢れ始めて「赤ちゃんお腹が空いてます!」と訴えてくるからです。そしてその訴えの直後に息子が泣き始めます。私より先に、うっぱいさんとさっぱいさんが、息子の空腹を察していました。

乳首を吸われると、うっぱいさんはちょうどよいペースで母乳を出すことができました。ところが、 うっぱいさんを吸っているとさっぱいさんが「私だって出ます!私の方がたくさん出ます!」と母乳の排出量を増やしてくるのです。それならばという事で、さっぱいさんを息子に吸わせると、さっぱいさんはテンションMAXになるのかドバーッと排出の勢いを増します。まるで間欠泉です。排出の勢いがすごすぎて息子はうまく飲むことができません。顔全体にビシャーッと母乳をかけられて大泣きしています。うっぱいさんより先にさっぱいさんを吸わせても同じことです。

さっぱいさんは息子のために頑張っているのに、やる気が空回りしているかんじが、切なかったです。うっぱいさんとさっぱいさんは仲良くないのかな?というより、さっぱいさんが一方的にうっぱいさんをライバル視しているのかな?と思っていましたが、片方が負傷したときに変化が起こりました。

ある日、息子に噛まれてうっぱいさんの乳首の付け根がパックリ割れて、うっぱいさんに一週間のドクターストップがかかりました。
うっぱいさんが休んでいる間、さっぱいさんだけで働かなくてはなりません。さっぱいさんは量は十二分に出るけれど、出方に問題があります。母乳を哺乳瓶に入れて飲ませられれば良いのですが、息子は哺乳瓶を受け付けません。同じ理由でミルクも不可です。こりゃ困ったな〜と思っていたら、ここでさっぱいさんが変わったのです。ドバーッと吹き出す間欠泉ではなく、コンコンと湧き出る泉のような排出ペースになりました。

ライバル(うっぱいさん)が休んでいることで変な闘争心が無くなり、落ち着いて仕事できるようになったのでしょうか。そして、うっぱいさん復帰後は、うっぱいさんとさっぱいさん双方が丁度よいペースで補い合って働いていました。なんだか面白いですよね。どんな気持ちの変化があったのか、さっぱいさんにインタビューしたいくらいです。

今は両胸とも静かです。人格は感じません。さよなら、うっぱいさんとさっぱいさん。本当におつかれさまでした。

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2021年7月Vol.101 サクッと小噺 2021年08月19日

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「猫に名前を付けるのは、とても難しいことなのです」―とはT.S.エリオットの詩の一説ですが、名前を付けるのが難しいのは猫に限ったことではありません。
商品に名前を付けるのだって相当難しいと思います。商品のイメージに合って、覚えやすくて、売れそうで、かつ先行品とかぶらない名前が理想ですが、なかなか難しいんですよねぇ・・・。

 

P.D.R.の商品の中で、私が一番好きな名前は、マスクの「ミミラクダ」です。
「耳」と「ラクダ」という馴染み深い単語でできているので覚えやすいと思います。長時間つけていても耳が痛くなりにくいゴムを使っているのですが、そんな説明をせずとも、「ミミラクダ→耳ラクだ→耳がラクなんだろう」と連想できます。また、マスクのパッケージにラクダのイラストを盛り込むなど、デザインの方向性も商品名から決まりました。実は、耳がラクなマスクはミミラクダだけではなく、ミストラル(ゴムが柔らかい)、ひぃふぅみぃ(ゴムの幅が広い)、プルム(ゴムがフワフワ)など他にもあるのですが、ミミラクダは名前のおかげで「耳がラクなマスク」として覚えていただきやすくなっています。名前で得している商品と言えるでしょう。

意外なメッセージが込められた名前もあります。たとえば歯ブラシの「シャカシャカ」はヘッドが大きくて毛がたくさんあります。短時間でもきれいに磨けることを目的とした歯ブラシです。
そんな「シャカシャカ」の名前は、なんと「釈迦」から来ています。あまり知られていませんが、お釈迦様は歯が40本もあるのです。40本もあったら歯磨きはさぞ面倒くさいでしょう。

短時間でも磨ける歯ブラシをぜひお釈迦様にも試していただきたいーという想いから、商品名が決まりました。ちなみに、最初の案は「シャカ」だったのですが、「仏具みたい」とか「おしゃかになる=ダメになる、という意味だからマズイ」などの懸念を受けて、「シャカシャカ」になりました。同音を繰り返したら音感が可愛くなったし、ブラッシングの音にも通じるところがあります。

商品の質と価格から名づけた例もあります。ニトリルグローブ「ボルク」は、当時まだ手触りが硬いことが多く、価格も高めなことが多かった二トリルグローブを、「使い勝手が良くて価格も高くないから、みんなが使いやすい」という意味で「ボルク」になりました。ドイツ語のVOLK(人、国民)です。自動車のVolkswagen(フォルクスワーゲン)も、当事は普通の人には手が届かなかった自動車を、みんなが持ちやすい車として発売したそうですが、同じようなニュアンスですね。

このように、商品の名前にはいろんな意図が込められています。―と言い切るとカッコいいですが、ノリで付けた名前もあります。たとえばグローブ「ドーン」の由来はドーンと500枚も入っているから、それだけでした。でも、後になって、大容量だし薄いからドーンと安い、安いからドンドン使える、カートン3000枚入はドンッと重い・・・

などなど、ダジャレも生まれて、手前味噌ですが良い名前だと思います。

名前なんて何だっていいよ!と言われたら、そうかもしれません。名前以上に商品そのものが大事なのはもちろんです。

それでも、お客様に「ドーン重宝してるよ」なんて言われると、「あ、名前まで覚えてくださっている・・・」と思って、私たちは嬉しいのです。

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2021年6月Vol.100 サクッと小噺 2021年07月19日

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ありがとうございます!!サクッと小噺が100回目を迎えました!!!

お仕事のお役に立てそうな何かが書いてあるわけでもなく、P.D.R.の商品情報が書いてあるわけでもなく、ただただ私の個人的な話をお送りしてきただけなのに、こうして2012年7月から100回も続けることができたのは、ひとえに皆様の温かいお気持ちのおかげです。本当に本当に本当にありがとうございます。

 

ささやかではありますが、感謝の気持ちを込めまして、私が選んだ本とお菓子を先着100名様にお送りいたします。下記5冊のうちどれか1冊をお届けします。どの本が来るかな?とワクワクしながらお待ちいただければ嬉しいです。
※過去の小噺投稿のため現在、応募は受け付けておりません。
 「サク」のおすすめの本なのでよろしければご覧ください。

内田樹「下流志向」
学ぶ理由についてはいろんな本を読みましたが、私がもっとも納得したのがこの本です。学びとは、自分が思考できる範囲を広げることを指す、よって、学ぶ前から何の役に立つのかはわからない、そうです。
内田先生は難しいことを分かりやすくちょっとシニカルに教えてくれます。
私が最も尊敬する学者さんの一人です。

塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」
私を歴史小説に引き込んだ一冊です。滅びゆくビザンティン帝国の美しさ。新興勢力であるオスマントルコの恐ろしさ。コンスタンティノープル(今のイスタンブール)が西洋から東洋へ、キリスト教からイスラム教へ、変貌する数日間を描いたドラマチックな歴史小説。最高にカッコいいです。
実際にイスタンブールへ赴いて現地を見たときには、ちょっと涙が出ました。

穂村弘「世界音痴」
なんだか日常が生きにくい。なんだか生活が居心地悪い。自意識過剰とわかってはいるけど、自意識に縛り付けられて身動きが取れない。
フッと、そんな事を感じることがある方に読んでいただきたい一冊。
穂村さんは現代の太宰治です。太宰治よりコミカルで可愛らしいけれど。

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」
テーマをランニングだけにしぼったエッセイです。ただ、村上春樹が走ることについて真剣に語ることは、書くことについて真剣に語ることに近く、それは人生について真剣に語っているようにも感じます。
走る人はもちろん、走らない人にとっても面白いです。

鈴木みき「あした、山へ行こう!」
山デビューしたいけど何を準備したらいいのか分からない。
山デビューしたいけどどの程度の山から始めたらいいのか分からない。
そんな、初心者「前」の方にオススメの一冊。最小限の費用で山を始めることができます。
妊娠前にアルプス縦走を果たした私も、最初の一歩はこの本からスタートしました。

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2021年4月Vol.98 サクッと小噺 2021年05月19日

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もうすぐ母の日ですね。私の母はaggressive「アグレッシブ」(攻撃的な、意欲的な、オシの強い)です。
中学校でこの単語を知った時に「お母さんはaggressiveね」と言ってあげたら喜んで、その後も何かというと、自分から「私ってaggressiveだからさ」などと言っています。別に褒めてないぞ。

さて、一昨年、私は脳動脈瘤が偶然見つかって開頭手術をしたのですが(おかげさまで今は元気です)、この時も母のaggressiveさに圧倒されました。

電話で「私には脳動脈瘤がある」と伝えた時、母の第一声は「よし!よく破裂前に見つけた!えらいぞ!」でした。脳動脈瘤が破れたらクモ膜下出血を起こすので大変です。だから破裂前に見つかったのは確かにラッキーですが、第一声で「よし!」が出てくるって強いと思いませんか。そのあと母は片道5時間かけて運転をして、深夜に私の家までやってきて、「よしよし」と私を抱きしめて、すぐイビキをかきながら寝ました。
そして翌朝6時に起きて「もう帰る」と言います。「5時間もかけて来たんだからゆっくりしていけばいいのに」という私に、「友達とランチの約束してるから帰る」という母。
娘の一大事だからランチは延期で…と言っても良い案件だと思うのですが、母は帰って行きました。

手術にはリスクと痛みが伴います。私はしばらく悩んでいましたが、ある日覚悟が決まりました。
脳動脈瘤は私の頭の中にあるのだから、まわりがどんなにサポートしてくれたって、最後は私が覚悟を決めるしかない、と理解したのです。母に電話して、「きっとお母さんは手術を代わってやりたいと思ってるよね。でも私がやるしかないんだ」と話したら、「代わりたくなんかないよ。だって痛いもん」と返されました。絶句する私に対して、母は続けます。「きっとすごく痛いよ。でもアンタはこの先50年も60年も生きるんだから、これからも人生の苦痛はまだ沢山ある。その時に、“頭切った時よりマシ”と思えたら強い。逃げるな、攻めろ、脳動脈瘤を人生の糧にしろ」と。私は鼻がツーンとして、答えることができませんでした。

さて、手術後、ICU(集中治療室)で意識を取り戻した時、まず戻ってきたのは聴覚でした(視力は回復まで時間がかかりましたが、聴覚は一瞬で戻ってきました)。「手術は成功」と、両親と妹と夫の声が聞こえました。

 母「調子どう?」

 私「痛い。頭が爆発してるみたい」

 母「爆発はしてないけど、まだ割れてる」

 私「・・・まじか」

この時、私の頭には20cmほどの傷があり、その一部に太い管がささっていて、血がドクドクと排出されていたそうです。そんな娘を見て、感極まった母は「よく生きてるねぇー!エライねぇー!」と、私の頬をバシバシ叩きました。(頭の手術を終えたばかりの人の頬を叩ける人がいるでしょうか?! )叩かれた時、脳天を突き刺すような痛みでしたが、あまりの痛さに声が出なくて、私は「痛いからやめてっ」と抗議できませんでした…。

さて、娘の手術を、母は「攻めの手術」と名付けて気に入っていました。脳動脈瘤は破裂したら大変ですが、破裂しない限りは普通に生きていくことができるので、破裂しない方に賭けて手術しない人もいます。だから破裂前に手術で脳動脈瘤を処置する姿勢を、母は「攻め」と認識して、それが彼女の好みに合ったのです。

 

そして母は「私も攻める」と言い出して、娘の頭の手術の3ヶ月後に、十何年も悩まされていた足の手術をしました(扁平足とリスフラン関節損傷の手術。手術しなくても歩けるけど、手術すればもっと歩ける)。その際に母も全身麻酔をしたのですが、目覚めた時の頭痛と気持ち悪さにビックリして、「全身麻酔だけでこんなに辛いのか。全身麻酔プラス開頭手術した人の頬を叩いたのはマズかったな」と気づいたそうです。この時、母のお見舞いに行ったら、「ICUでほっぺ叩いてごめんね」と言われました。「何をいまさら!」と笑ってしまいました。

 

もうすぐ母の日ですね。今年も何かあげたいのですが、母は「コレ好きじゃない」とか「いらない」とか平気で言うので、プレゼント選びは緊張します。Aggressiveな母の好みに合う何かを見つけられたらと思います。

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2021年3月Vol.97 サクッと小噺 2021年04月19日

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こんにちは、サクです。早いもので、来月、息子が1才になります。1年前、初めての出産を控えた私は、生来のガリ勉な性格から「夜泣き対策」やら「産後クライシス予防」などを勉強して、それなりに準備して息子を迎えたつもりでした。‥‥が、この1年間、なにひとつ思い通りにはいっていません。予想外の連続です。たいていは予想よりも上手くできない事ばかりですが、嬉しい予想外もありました。何をかくそう、私は出産が好きです。

 

「出産がわりと好き」と言うと、「痛くなかったの?!」と驚かれます。いやいや、もちろん痛かったです。でも過去にもっと痛いことあったよ、というのが率直な感想です。たとえば、頭の手術をしたときの方が50倍くらい痛かったです。タイで重度の熱中症にかかったときの方が3倍くらい痛かったです。

ヒザの脱臼をしたときの方が1.5倍くらい痛かったです。もちろん、痛みは個人差が大きいので、私と同じように開頭手術や熱中症や脱臼を経験された方で、「出産のほうが痛いわ!」という方もいらっしゃるでしょう。あくまで、私の場合は、出産のほうがまだ痛くなかった、ということに過ぎません。

 

痛みの程度うんぬんよりも興味深かったのは、出産の痛みは、手術や熱中症や脱臼の痛みとはまったく種類が違ったことです。下半身がバリバリと左右に分かれていく実感がありました。お腹から何かが(というか胎児が)グルグル回りながら下りてくる感触もありました。自分の体が割れて何かが出てくる・・・!
この痛みは、病気や怪我の痛みとは違います。想像ですが、昆虫が「変態」するとき、こんな痛みをともなうのではないかしらん、と思いました。

変態・・・幼虫が脱皮して成虫になる過程ですが、昆虫番組などでご覧になったことあませんか?アレです。

幼虫やサナギの背中が割れて、中から成虫が出てくる様子が、出産中の自分の状態と重なりました。おもしろい体験でした。痛いけど、変に気持ちよかったです。痛いけど、変な爽快感がありました。ちょっとクセになりそうです。

 

普通分娩だろうが、無痛分娩だろうか、帝王切開だろうが、母子ともに健康なら何だっていいと思います。私は陣痛誘発剤をつかって3日間かけての普通分娩でしたが、あの痛みが母性に繋がったとはまったく思いません(実は、出産直後は赤ちゃんに会えた喜びよりも、出産おもしろかった~という感想の方が強かったです)。ただ、単純に、出産は愉快な体験でした。妊娠も育児もシンドイ事はあるので、何人も産み育てる度量は私にはありませんが、出産だけなら年1回やりたいくらいです。

お産は母子ともに命がけなので、出産を茶化すことはできません。ただ、出産は痛いという話ばかり聞くのもどうなんだろう?と思います。マタニティ雑誌の体験記でも「死ぬほど痛かったけど、赤ちゃんを見たら感動の涙」という話ばかりです。「出産が面白くて、赤ちゃんが出てきてもそれどころじゃなかった」という体験記が1つくらい載っていてもいいのに・・・。
私は珍しいケースなのかもしれませんが、私が面白いと感じたということは、他にも面白いと感じる人はいるでしょう。そういう体験談も知ることで、妊婦さんの不安が少しでも減るなら良いではありませんか。

この瞬間も、日本中いろんな所でお産が行われています。どうか母子ともに健康でありますように。
お母さんも、赤ちゃんも、ガンバレー!

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2021年1月Vol.96 サクッと小噺 2021年04月19日

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こんにちは、サクです。2021年も早くも1ヶ月が経とうとしていますね。今月は、「今年の目標について」ではなく「今年の目標にしなくて済んだことについて」書きたいと思います。

2020年の年明け、私と夫は岩手に旅行に行きました。夫がわんこそばに挑戦したいと言うからです。私も蕎麦は好きだし、でもわんこそばは未経験だし、赤ちゃんが生まれたらしばらく岩手まで出向くのは難しかろう(当時、私は妊娠7ヶ月でした)、では今のうちに食べにいこうじゃないか―ということで、わんこそばを求めて岩手まで足をのばしたのです。

我々が暖簾をくぐったのは「東屋」さん、明治40年創業という老舗のお蕎麦屋さんです。観光客もたくさん来るようで、100杯達成したら記念手形がもらえます。

私も夫も「気持ちよい範囲で、美味しく食べたらいいじゃない」なんて優雅なタイプではありません。やるからには勝ちたい(誰に?)。美味しく食べるより、耳や鼻から蕎麦が飛び出してきたって1杯でも多く食べたい。

ましてや100杯で手形がもらえるなら、なんとしても100杯は食べたい。我々は、昼飯を抜いてお腹を空っぽにして、準備万端にして挑みました。

初めて食べたわんこそば、一口食べてみたら、あらまぁ意外と美味しい! 意外と、なんて失礼なようですが、提供側はスピードが必要だし、お客側は量を目指しているので、普通に食べる蕎麦に比べれば味は落ちるのかな、と思っていたのです。しかしそんな事はありませんでした。蕎麦は茹でたてで温かく、のど越しツルリと気持ちよく、鼻にツンと風味が抜けます。給士さんが蕎麦をお椀に入れてくれるときの「じゃんじゃん♪」という掛け声も愉快です。じゃんじゃんに合わせて、私はリズミカルに杯を空けていきました。

・・・しかし美味しかったのは40杯まで。40杯を越えたとたんガクンとペースが落ちました。わんこそば1杯あたりの蕎麦の量は店によって違うのですが、東屋さんの場合は15杯=普通の蕎麦1杯、だそうです。つまり40杯なら、普通の蕎麦2.6杯を食べた計算になります、この時、苦しくなって顔を上げると、夫は既に70杯を超えていました。彼が手形をもらうのは必至です。彼が手形をもらって、私がもらえなければ、きっと私は2020年の間中ウジウジ言い訳を並べるでしょう。「あの時は妊娠7ヶ月で、胃が子宮に圧迫されていたからなぁー。そうでなければもっと食べられたけどさぁー」などと。

そして子供が1才を越えたら「リベンジわんこそば」に行くでしょう。私は(こと食べ物に関しては)しつこいのです。しかし、さしあたって今この瞬間、ものすごく苦しい。蕎麦はツルリと入っていく分、ツルリと簡単に出てきそうになります。のどをせり上がってくる蕎麦を懸命に飲み込みながら、私は思いました。

「わんこそばは美味しいが、1年後にリベンジはしたくない。次は普通の蕎麦をゆっくり食べたい。そのためにも、今日100杯食べなければ!!!」リベンジしたくない一心で私は杯を重ねました。ここまでくると、もう美味しくはありません。風味もへったくれもありません。「あと1杯」をエンドレスに続けるだけです。

血走った目で私は100杯をたいらげ、ヒクヒクした笑みを浮かべて記念手形を夫共々もらいました。

あぁ、これで来年の目標を「リベンジわんこそば」にしなくて済む・・・と心底ホッとしました。

年明け一発目から、「今年の目標にしなくて済んだこと」というマヌケな話題ですみません。

毎度くだらない小噺ですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年は新型コロナウイルスが落ち着いて、また気軽に岩手に遊びに行ける日常が戻りますよう、願うばかりです。

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2020年11月Vol.94 サクッと小噺 2021年03月15日

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クリスマスまであと1ヵ月!
街やお店が華やかになるので日本でもクリスマスは楽しいですが、大学時代を過ごしたカナダのクリスマスは格別でした。2~3週間のクリスマス休暇の間は大学の講義は休講になり、寮で生活する学生達は家に帰ります。帰れない留学生のために寮の一部は開放されますが、私は毎年友達の家にお世話になっていました。そこで、カナダ人家庭のカナダ式クリスマスを体験できたのです。一口にカナダと言っても地域差や家族差はあるので、あくまで一例に過ぎませんがー。

 

《ツリー》
お金と家のスペースに余裕があると、生のモミの木を購入する事があります。モミの木屋さんに出向き、沢山植わっているモミの木の中からお気に入りの1本を見つけて、モミノキ屋さんに斧で切ってもらって、車に乗せて帰ります。決して安くはないし、翌年までは持たないし、葉がとれて車や家が散らかる事もありますが、生のモミの木はとても良い香りがします。人工のツリーでは味わえない情趣があって、私はとても好きでした。

 

《プレゼント》
日本では通常12月24日か25日にプレゼントを渡しますが、カナダでは12月頭から24日にかけて、いつプレゼントを渡しても構いません。手渡しできない相手には郵送します。受け取ったプレゼントは、開けずにツリーの足元に並べます。ツリーの下にプレゼントが山盛りになっている様子を映画で見たことはありませんか? 
12月頭には1個2個だったプレゼントが、日を追うごとに増えていって、24日には1人あたり10個や20個を超えることも珍しくありません。それら全てを25日に一気に開けるのです。日に日にプレゼントが増えていく高揚感、25日まで開けない我慢、この箱には何が入ってるのかな?膨らむ想像・・・期待のボルテージはどんどん上がっていきます。プレゼントを目の前にして、待つ時間が長い分、長期間楽しめます。

 

自分が10個も20個もプレゼントをもらうという事は、すなわち自分が10個も20個もプレゼントをあげるという事でもあります。日本では大抵のお店でプレゼントをラッピングしてくれますが、カナダではラッピングを断られることも多いです。そのため、自分で包装紙やリボンを用意して、自分でプレゼントをラッピングします。定規も使わず目分量で包装紙を切ったりするので「おいおい大丈夫かよ」と思いましたが、案外キレイに仕上がります。プレゼントの量が多いためラッピングも一苦労ですが、この作業もクリスマス気分を高めてくれます。10個20個なんて金銭的負担はいかほど?と心配されるかもしれませんが、豪華なプレゼントがある一方で、お菓子などちょっとしたプレゼントも多いので、そこまで大変ではありません。

 

《ターキー》
七面鳥の丸焼きです。初めて現物を見た時は
「映画で見たやつ~」と感動しました。
私が人生初ターキーと言うと、カナダ人の友人も喜んでくれたのですが、一口食べてみると―

 友人「どう?」
 サク「うん・・・。チキン(鶏)のほうが美味しいね」
 友人「そうよ、ターキーはパサパサだもん。だからソースをつけて食べるんだよ」

えぇー?!じゃあなぜ特別な日にアナタ達は喜んでターキーを用意するのよ?!と聞くと、伝統かなぁ?との返事。日本のおせちのようなものでしょうか。

クリスマスまでの準備が大がかりな分、12月25日を過ぎると雰囲気が緩んで、クリスマス休暇明け(1月7日頃)までダラダラと過ごします。年が明けてもツリーは出しっぱなしです。あぁ、懐かしいなぁ、カナダのクリスマス。

今年は新型コロナウイルスのために家で過ごす時間が増えている分、もともと家族志向の強いカナダのクリスマスは一段と楽しまれていると思います。でも、外で知人と会った時にハグやキスができないのはやっぱり寂しいでしょう。好きな人と好きな時にマスクなしで触れ合える日常が戻ることを願うばかりです。

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2020年10月Vol.93 サクッと小噺 2021年02月17日

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考える力をつける大学受験を―! 日本の新たな大学受験をめざして、国の改革が揺れていますね。今までは暗記できる「知識」を重視しすぎたので、これからは思考力をつかさどる「知恵」を重視しよう、という狙いだそうです。ある教育評論家が「ゆとり教育でも同じことを目指したが、その時は学習指導要領だけ変えて、受験体系は変えなかったため、知恵は鍛えられないまま、知識だけ低下した」と述べていて、ゆとり世代の私は「なんてこった」と苦笑まじりに思いました。

 

良かれと思っての改革ですが、採点の公平性への不信感や、地域格差や経済格差など、懸念も出ています。「早く新体系を決めてくれないと、何をしたら良いかわからない」「子どもが動揺している」と、子どもを心配する声もたくさん聞かれます。そんな昨今、ある新聞のハーバード大学の記事を思い出しました。数年前の記事なので、今は事情が違うかもしれませんが…。

 

ハーバードの受験でも試験はするけど、試験は「最低でも〇点は取らないと話にならない」と足切りだけに使って、基準点以上の生徒達は、点数以外のことで合否が決まるそうです。その際の観点はただ1つ:彼/彼女がハーバードに入ったら、ハーバードがどうなりそうか。具体的な選定方法は明かされていないので、何をもって「どうなりそうか」を決めているのか分かりませんが、多くの教育評論家や記者が予想を立てています。たとえば珍しい文化のバックグラウンドを持つ生徒は、「新しい風を吹かせる」という期待で優遇されるかもしれません(たとえばモン族、ラバリ族、イヌイット…)。
たとえば両親がハーバード出身者だと「ハーバード哲学を守れそう、寄付金が多そう」という期待で優遇されるかもしれません。ハーバードは、学生1人1人の努力と学力に報いるのではなく、より良い大学にしてくれそうな学生を望むのです。より良い大学にすれば、ひいては卒業した学生達が、より良い社会を作る事にも貢献するだろう、と考えているからです。私はこの記事を読んだときに、「大学受験というより、会社の採用みたい」と思いました。

 

どちらが良い悪いではありませんが、私の個人的な見解を述べれば、学生の頃なら日本式を望んだでしょう。勉強や体調管理やメンタル管理も含めて、自分の努力は自分に返ってくる、と信じていたからです。
たとえば私が試験で80点を取り、隣の学生は70点なのに、隣の学生はモン族だったという理由で、彼女が合格して私が落ちたら、腹が立ちます。ただ、社会人になった今では、ハーバード式にも納得できます。受験や就活はゴールではありません。大事なのはその先です。そしてその先では、(最低限の知識は必要とはいえ、)知識がある者ほど、良い大学生活ができたり、良い仕事ができるわけではありません。また、自分の努力が自分に返ってくるとも限りません。社会にでると、課題が大きすぎて、私1人では何もできないからです。たくさんの人と関わって、迷惑をかけて、迷惑をかけられながら、仕事を進めていきます。仕事の成功は誰のおかげか?失敗は誰のせいか?そういった事を一応は決めますが、本当のところは分かりません。なので、今では、私が80点で隣の学生は70点でも、隣の学生が選ばれる、という事は十分あるだろうな、と思います。

 

勉強は楽しいです。受験も真剣にやった方がいいです。大学時代にガリ勉だった私はそう思います。しかし社会に出てみると、「受験をあんなに頑張ったのは何だったの?」と不思議になるくらい、受験が人生に与えている影響は少ないです。いつ何が役に立つのかは分からないのだから、そもそも役に立つためだけに生きているわけでもないのだから、学生も社会人も、あまり不安がらずに、目の前のことを一生懸命に楽しめたらいいなぁと思います。

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2020年9月Vol.92 サクッと小噺 2021年01月20日

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我々はいつ「人間」になったのでしょう? 人間も動物ですが、しかし他の動物とは一線を画します。
空を飛べるわけでもなく、海を泳げるわけでもなく、脚も遅く、牙もなく、それでも地球で最上級の繁栄を誇るようになったのは、いつ、なぜ、なのでしょうか? 大昔から現代まで、私達はこの謎を追っています。

 

《NHK特番より 2019年放送》
人間の祖先はもともと木の上で生活していました。しかし気候変動で木が減って、やむを得ず地上に降ります。非力で脚力もない人間は、小動物を捕まえることもできず、ましてや肉食動物と戦うなんて論外です。彼らが入手できた食物は木の実だけ。味はイマイチですが選り好みはできません。大人しく木の実を食べていました。
しかしある日、人間は火を使うことを覚えます。木の実を火で熱して食べてみたら…美味しい!これは美味しい!!木の実を熱するとデンプン(糖)が増えます。そして人間に限らず全ての動物の脳において、脳のエネルギー源は糖だけです。人間は火を覚えたことによって、糖の過剰摂取を始めます。糖の過剰摂取によって、脳はどんどん大きくなります。脳が大きくなったことで、人間は複雑な道具やコミュニケーションを駆使できるようになり、自分達よりはるかに筋力や体力や瞬発力の優れた動物と互角に─いや、それ以上に─戦えるようになったそうです。つまり、NHK特番によれば、人間が他の動物と一線を画すようになったのは、デンプン(糖)の過剰摂取によって、脳が大きくなったのが始まりといえます。

 

《聖書より 紀元前5世紀頃(諸説あり)に編纂》
神様は七日間で世界を作り、人間(男性はアダム・女性はイブ)と動物を作ります。人間と動物は楽園で幸せに暮らしていました。しかしある日、神様から禁じられた「知恵の実」を食べてしまった2人は、楽園から追放されます。追放の際に神様が2人にかけた呪いは、「アダムよ、これからお前は働かなくては食べられないようにしてやる(つまり楽園では働かなくても食べられた)」と「イブよ、これからお前は出産の時に痛くしてやる(つまり楽園では出産は痛くなかった。聖書には楽園における出産の記述はありませんが…)」です。
現代の女性は子を産むだけではなく働く人も多いので、呪いが増えているような気もしますが(苦笑)、
とにかく楽園追放の際に女性にかけられた呪いは「出産の痛み」です。かわりに、知恵の実を食べたことによって、人間は知恵を得ています。知恵とは具体的に何か?は、聖書では説明されていません。
しかし仮に、知恵とは「道具やコミュニケーションを駆使して、他の動物より強くなる力」だとしたら、NHK特番に通じるものがあります。NHK特番に沿って解釈すると、「知恵の実」は「糖」かもしれません。

 

《大学の生物学の授業より 2007年》
一般教養でとった生物学の授業で、教授から聞いた話です。「出産が死ぬほど痛いのは人間だけ。理由は、産道や膣のサイズに対して、赤子の頭が大きすぎるから。でも、頭が大きいから、人間は他の動物よりはるかに高い知能を得た」そうです。頭が大きいから知能が高い、頭が大きいから出産が痛い・・・NHK特番や聖書に通じるものがあります。NHK特番、聖書、生物学者の話を合体して仮説を立てると、知恵の実(糖)の摂取 → 脳の成長 → 知能の向上&出産の痛み、と連想することができます。

 

言われてみれば「当たり前じゃん」かもしれないし、これで人間の謎が解明された訳でもありません。しかし、NHK局員と聖書編纂者と生物学者という、お互いに意識していないであろう人達が、どことなく繋がった理論を展開しているのは、なかなか興味深いと思いませんか。

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